手のかかる方の子に気を取られている間に、もう一人の子が、ずっと静かに我慢していることがあります。今日は、その子のための地図です。
家の中が大変なことを、子どもはちゃんと見ています。だから、自分まで手のかかる存在になってはいけないと、誰に言われなくても感じ取ります。
聞き分けがいいのではなく、これ以上負担を増やしたくないだけ。優しさというより、我慢です。
上の子なら我慢を求められ、下の子なら後回しにされる。どちらの立場でも、きょうだいは基準の外に置かれがちです。自分の気持ちは後回しでいいと、少しずつ学んでいきます。
年齢は関係ありません。「手のかからない方」というだけで、同じことが起こります。
親が毎日きょうだいの対応で精一杯なのを見ていると、自分の小さな困りごとを言い出しにくくなります。学校でのトラブルも、友達関係の悩みも、一人で抱え込みやすくなります。
言わないのは、大丈夫だからではありません。言えなくなっているだけのことがあります。
手がかからない、聞き分けがいい、自分のことは自分でやる。それは成長の証であると同時に、無理をしているサインでもあります。
体調不良の訴えが増える、急に学校の話をしなくなる、一人でいたがる。これらも同じサインの延長にあることがあります。
きょうだいのケアは、家族支援の中でも意識されにくいと言われています。抱え込んだつらさが長く放置されると、大きくなってから心の不調として出てくることがあります。
今すぐ何かが起きるわけではないからこそ、早いうちに「見えているよ」と伝えることが力になります。
一人に手がかかっている時点で、もう片方に同じだけの時間を割くのは、物理的に無理です。それは愛情の差ではなく、時間の制約です。
完璧に平等である必要はありません。「見えている」と伝わることの方が、時間の長さより効きます。
結果ではなく、その子の存在そのものに向けて言ってみてください。「〇〇のおかげで助かった」より先に。
気づいていることを、言葉にして伝えるだけで十分です。
余裕があれば、1日5分。きょうだいだけの名前を呼んで、その子だけを見る時間を作ってみてください。
気づいているよ。その一言だけで、変わることがあります。
場面ごとの関わり方をもっと知りたい方は、オープンチャットのプロフィールリンクからどうぞ。夜中に、こういう情報を検索していた頃の私が、欲しかったものです。